●中世城郭探訪の集い    

    平成22(2010)年秋季催行
真田一族の故地を訪ねる
見学先●岩櫃城:南北朝時代、岩櫃山(群馬県東吾妻町)の中腹に在地土豪の手によって築かれた岩櫃城は、武田信玄の命を受けた真田幸隆が謀略によって攻略した後、堅固な山城に修築された。後年、甲斐が信長の侵攻にさらされた時、真田昌幸(幸隆の三男。幸村の父)は武田勝頼に岩櫃城に落ち延びることを進言したが、勝頼は外様 の真田氏ではなくて、縁戚である小山田氏の居城岩殿城(山梨県大月市)を頼って甲府を後にした。しかし小山田氏の違背に遭って勝頼は妻子とわずかの主従と共に行き場をなくし、山中で自刃して名門武田氏は滅亡した。
その後、徳川勢の城攻めを自身が築城した上田城でニ度も撃退した謀将真田昌幸が、信長の大軍を迎え撃つだけの守りを確信していた堅城岩櫃城の全貌を見る。詳細はこちら。
期日●平成22年11月6日(土)
行動●往路:上野駅発07:20(特急・草津1号)群馬原町着09:27/復路:群馬原町駅発 15:12(特急・草津4号)上野駅着 17:20(注:往復の指定券は一括して購入しますので、途中駅での乗下車、現地集合又は解散を希望の方は、申込時にお申し出下さい。なお乗車券は各自で購入して戴きます。)
服装●トレッキングの出来る服装。
参加費●特急指定券代を当日、申し受けます。在京白堊会22年度年会費未納の方は、当日、納付されて下さい。※ 10月6日以降、取消料発生
参加資格●在京白堊会非会員の参加も可能です。
申込●10月1日(金)までに在京白堊会事務局へ。
その他●下山後、群馬原町駅前にある町営の温泉で休憩しますので、入浴希望者はタオル、着替えを持参して下さい(入浴料:400円)。
第7回中世城郭探訪小田原城総構見学会のご案内
天正18年(1590)、北条氏が二十万余の秀吉の軍勢を迎え撃った時、当時の小田原城は日本最大の城郭であり、全長12キロにも及ぶ総構(堀と土塁等で城域全体を防御する施設)で城下町をも取り囲んでいた。北条氏はその堅固な守りで籠城し続け、秀吉勢が自壊するのを待つつもりだったが、それを見越した秀吉の前にあえ無く瓦解した。現在、総構は、市街地では大半が消滅しているが、小田原駅西側一帯の小高い辺りには国内屈指の巨大な空堀として残っている。壮大な総構の遺構を辿ることで関東全域を支配して繁栄の頂点にあった時に滅亡した北条氏の栄華を偲ぶ。
募集要項
期日●11月28日(土)小雨決行、荒天中止
集合●07:45東京駅東海道線9番ホーム有楽町駅寄りのホーム端(1号車停止位置付近)
行動●東京駅発08:03、小田原駅着09:24、15:00頃解散の予定(歩行距離約7キロ)
主な見学場所●幸田口門跡、早川口二重戸張跡、小峰の大堀切、御鐘台、小田原城(天守閣、銅門等)
服装●軽装(歩き易い靴でお出で下さい)
申込●11月25日(水)までに在京白堊会事務局へ。
参加資格●在京白堊会非会員の参加も可能です。
その他●軽い昼食を持参してください。/小田原駅に直接集合の場合は申込み時にお申し出ください。(小田原駅東西自由通路内の観光案内所前)/ 解散後、有志による懇親会を実施します。


御鐘台から望む小田原市街

※在京白堊会年会費未納の方は、当日、納付することが可能です。


第6回中世城郭探訪 祇園城・鷲城見学後記
4月11日(土)、小山市にある祇園城と鷲城の見学会を実施した。小山市中心部は、戦国時代の祇園城から発達し、江戸時代には宿場町・おもい思がわ川による舟運の基点として繁栄した。
小山駅集合後、駅前にある戊辰戦争時に受けた弾痕の残る菩薩像、明治天皇行幸所跡を見てから、のどかな思川沿いに鷲城に向かった。鷲城は、南北朝抗争期に小山氏が鎌倉公方との戦いに籠城したことで知られる城であり、現在も残る深さ十米近い空壕は、その堅固さを如実に表していた。
鷲城見学の後、藤原秀郷勧進の須賀神社を参拝してから、祇園城に向かった。城内の一部である小山市役所敷地内には小山評定の碑がある。小山評定は関が原の戦いに至る過程で重要なエポックメーキングとして知られている。
上杉景勝との対決のために北上していた家康が祇園城に着いたとき、石田三成蜂起の知らせが入った。ここでの評定の結果、家康は豊臣大名の与力を確信して反転し、江戸城に戻って関ヶ原の戦いへと繋がることになる。この故事に由来して、ここに小山御殿が築かれ、将軍の日光参詣の宿所として使用された。
祇園城は、現在は公園として整備されており、折からの花見の季節と重なって園内は市民で満ち溢れていた。鷲城とも、春真っ盛りでの散策であり、色とりどりの花が咲き乱れる道を通り、時折風に舞う桜吹雪に見とれることが何度かあって、素晴らしい一日となった。

鷲城空壕内を歩く。


鷲城内にて桜吹雪にみとれる

2009年4月11日(土)「祇園城・鷲城(小山市)」
4月にしては初夏並みの気候の中、東北本線小山駅に集合後、次のルートにて、第6回中世城郭探訪を実施した。
常光寺 境内に安置されている阿弥陀如来座像の台座には、戊辰戦争の折に当たった流れ弾の痕があり、土方歳三らの奮戦の跡を偲んだ。→明治天皇行在所跡碑及び脇本陣の玄関 江戸時代、小山宿として繁栄した名残が感じられた。→持宝寺 弓削道鏡開基と伝えられており、徳川吉宗が日光参拝の折に休 憩所とした寺で、梵鐘を吊るした山門が印象的だった。→長福城跡 今日の見学先である祇園城と鷲城の繋ぎの城と思われるのだが、宅地造成により、城跡の痕跡さえもなかった。→西林寺 小山氏縁の寺で質素な山門に歴史を感じた。→鷲城跡 鎌倉公方を相手に小山義政が立て籠もった城で、比高約10米の空壕は圧巻だった。→外城古墳 鷲城内にある円墳で、石室の中に入って、古墳の実際の造りを見学した。→須賀神社 平将門を討って関東地方に勢力を打ち立てた藤原秀郷が勧進したと伝えられる当地方の総鎮守で、旧奥州街道から一直線に伸びる参道は今に続く繁栄を物語っていた。→小山御殿跡 関が原の戦いで家康の勝利を決定付けた小山評定に因んで、将軍の日光参拝のための宿泊所とした建てられた施設であり、三重の土塁や水濠で囲まれた厳重な守りであったことが分った。→祇園城跡 藤原秀郷を祖とする小山氏の本拠地で、思川の河岸段丘上に造られた広大な連郭式の城だった。満開の桜が為す桜吹雪 の洗礼を受けて、一同感激した。→天翁寺 祇園城の最北端の郭内にある小山氏の菩提寺で、累代の小山氏が葬られている墓地に詣でた。


現在、城山公園として整備されている祇園城跡は花見客で混雑していたが、訪れる人も少ない鷲城内には、春を待って一斉に咲いた桜、もくれん、ぼけ、チューリップ、芝桜等々の各種の花々が民家の敷地といわず、道端にも咲き誇り、春の息吹が感じられて清々しい気分に浸ることが出来た。
見学終了後、小山御殿の前にて、懇親会を実施し、互いに今日の労をねぎらうと共に、次回の再会を約束して解散した。


2008年11月29日(土)「杉山城・菅谷館(比企郡嵐山町)」

好天の下、東武東上線沿線の嵐山町にある二つの城跡を訪問しました。武蔵嵐山駅に全員集合の後、まず都幾川沿いに築かれた菅谷館跡内にある埼玉県立嵐山史跡の博物館に向いました。博物館では、翌日までの予定で比企地方の城跡という特別企画が開催されており、その見学で付近一帯の歴史的地理的背景等の基礎的な知識と共に、近隣の城郭の特徴を知ることが出来ました。そこで得た知識を念頭に、菅谷館の見学を開始しました。城跡は、河岸段丘上に水濠を巧みに設けて作られており、その規模の大きさは、源頼朝の有力武将であった畠山重忠の館というには余りにも広大なものでした。また戦国時代の技巧が要所に見られ、その時代おいても使われた城であることが見てとれました。現在は公園として整備されており、畠山重忠の石像も建てられていました。園内で昼食後、旧鎌倉街道を通って、次の見学先である杉山城に向いました。この城は、鎌倉街道を見通す丘陵端に位置し、その技巧の巧みさから、城郭研究愛好者の間では、中世城郭の教科書と喧伝されています。作りは、城の裾を流れる市野川を前面の守りとして、三方の尾根を幾重もの空壕と土塁を組み合わせた堅い守りをしていました。杉山城はまた、多くの中世城郭が藪に埋もれている中にあって、地主の好意によって一般に開放され、かつ草刈がこまめに行われているだけでなく、城跡に隣接する中学校生徒手作りの表示板が随所に建てられており、地元の旧跡を守ろうとする地域の人々の熱い思いが感じられました。

2008年9月9日(火)秋季特別企画「城郭探訪・江戸城編」

真っ青な秋空の下、中世城郭巡り秋季特別篇としまして、皇居参観を実施しました。総勢18名の参加者は、他の一般見学者とともに桔梗門から入門し、休憩所となっている窓明館でビデオによる簡単な説明を受けた後、宮内庁職員の案内で見学に出かけました。
まず窓明館の正面にある旧枢密院の建物を外から見た後、幕政時代を通して天守閣の代わりとされていた富士見櫓に向かいました。加藤清正が組み上げたという高石垣の上に建つ富士見櫓は、江戸城のシンボル的存在であり、真下から見上げるその雄姿に、一同感嘆しました。(石垣底部からの高さは、約30米)続いて一般参賀が行われる長和殿の前を通ってから二重橋を渡りました。一般に正面の石橋とその後ろの鉄橋が二重に見えるので二重橋といわれておりますが、奥にある橋が、地上との高さがあったために、橋桁を二重にしたことが、本来の二重橋の由来です。二重橋上から見える伏見櫓は、京の伏見城から移築したものであると伝えられており、青空に映える伏見城の姿は往時を偲ばせるものがありました。そのあと、また二重橋を戻ってから長和殿の前を通って、今度は宮殿の東側を通って山下通りを抜けてから、蓮池濠、宮内庁庁舎を回って戻って来ました。昼食後は、東御苑として一般開放されている旧三の丸、二の丸、本丸を巡って、篤姫の住まわれていた大奥はこの辺りだと見当をつけながらの楽しい見学をしました。

※秋の中世城郭探訪は、11月29日(土)に杉山城・菅谷館(比企郡嵐山町)の見学を予定しております。詳細は10月下旬にお送りする秋の在京白堊会報に掲載されます。中世城郭の教科書と喧伝されている杉山城は、一見の価値があります。


 

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予告: 23年春季催行/甲斐武田氏興亡の跡を辿る/2011年4月9日(土)〜10日(日)